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【観光インタビュー】阿智昼神観光局 白澤裕次氏 星空ナイトツアーの仕掛人

星空を観光の目玉にする。どこからでも見られる星空を観光コンテンツに昇華させた星空観光の先駆者、阿智☆昼神観光局代表取締役社長白澤裕次氏に、星空ナイトツアーが開始された2012年からの振り返りと現在進められている新たな取り組みについて話を伺った。

情熱の源泉

筆者
2012年の星空ナイトツアー開始から10年近く経ち、その間に様々な取り組みを成功させてきているが、そのモチベーションはどこからきているのか?

白澤氏
阿智は自分の出身地であることが大きい。これまでの10年にとどまらず、この先10年20年と取り組みを続けて、持続可能な地域として後世に残していきたいという想いが強い。星空ナイトツアーに関しては、昼神温泉郷には旅館が20軒ほどあるが、この地域の財産として発展させていきたいと考えている。それから、ナイトツアーの会場も運営しているが、事業継承も含め次の世代に向けて安定して運営がまわっていく形をつくらなければならないと考えている。

温泉から星空へ観光目的を変化させる

筆者
この10年を振り返ってみて、当時描いていた10年後の姿と今を比べてどうか?

白澤氏
すごく順調にきている。もちろん、課題は露呈しているが、取り組みの中で解決させてきたし、コロナ前までであればほぼ100%狙い通りに進められてきたと思う。一貫して取り組んできたのは温泉郷の来場シェアを高齢者から若年層中心へと変化させるというもの。これまで通り高齢者中心ではいけないと思っていたし、宿泊者数も愛知万博以降減っていた。温泉というコンテンツではだめだと思っていたところ、ふと空を見上げるとこの地域には日本一きれいに見える星空*があった。そこで、阿智に来る旅行者の目的を、温泉に行くということから「星を見に行く」へと変えてもらえるような取り組みを開始した。星を見に来た結果、そこに温泉があったというふうにお客様に認識を変えてもらいたかった。この狙いに関してはほぼ思い通りに進んできた。

*阿智村は、2006年に環境省が実施する全国星空継続視察(スターウォッチングネットワーク)において星の観察に適した場所、第1位に選ばれている。

また、ナイトツアーを進める中で星空がリピート向きのコンテンツであることに気づいた。シーズンごとにみられる星空が違う。アンケートを取ると、例えば次は秋の星空が見たいといった声も聞かれる。時間帯によっても星空は変化するし、満月や新月といった月の明るさでも見られる星が変わる。雨や曇りなどの場合は見られないといったように、天候にも左右される。実は、星がきれいに見えない日もけっこう多い。星空が見られなかった場合、お客様の落胆は大きいが、晴れた日にはどんなにきれいな星空が見られるのかなといったポジティブに考えられる方もいる。そういった方々は、次回は満天の星空が見たいとその条件を調べ、改めて来訪される。きれいに星が見えた場合、その日は友達と来たのなら、次は恋人と見に来たい、家族にも見せたいと思ってくださる。こういった思いからリピートされるお客様も少なくない。

昼も楽しめる町づくり

白澤氏
阿智に来る目的が温泉から星空に変わることで、訪問する人の年齢層もマーケットも変化した。そして、町を歩く人も増えた。昼神温泉は、バブル期にできた温泉郷でもともとは旅館完結型の温泉だった。大型旅館も多く、旅館を出て辺りを散策するのではなく、温泉に泊まりに来ることが目的となっていた。それが、客層の中心が若者へと変わっていく中で町を歩く人が増えた。次なる仕掛けは、昼に楽しめる場所づくり。空き家や整備されていない場所を活用し、リノベーションをしてカフェやレストランやバー、お土産屋などへと変えられるような取り組みを新たに開始した。この取り組みはコロナの影響で遅れてしまっているが、いわゆる地方創生の名のもと、産業づくりや雇用促進として機能している。

昼神温泉

若い人たちが阿智に来て楽しめる町づくり。このプロジェクトでの私の役割は、資金作りと発想の提供。特に、資金に関しては国からの支援金や自治体の財源などを投入して若者が新規ビジネスを行いやすい下地作りに取り組んでいる。地元の人たちに今までビジネスチャンスがなかった阿智へ戻ってきてほしいという想いがあり、戻って仕事をするハードルを下げ、新規ビジネスを立ち上げるきっかけ作りを行っている。

長期滞在型観光を目指した広域連携

筆者
星空ナイトツアーに始まり、阿智・昼神の観光の在り方を変化させ、新たな産業づくりや雇用促進を生み出すところまで結果を出してこられているが、次の10年に対しては、どのようなビジョンを持っているか。

白澤氏
今までは星空ナイトツアーや温泉郷の活性化などスポットごとに取り組んできた。この成果をもとに町づくりを加速させたい。夜は星が見え、昼も楽しみがある温泉地。世界の中でも選ばれる観光地。そこを目指したい。そのためには、阿智昼神だけでは完結しないと考えている。念頭においていることは、隣の飯田市をはじめ南信州の各地域とつながっていくことだ。

長野県はこれまで北信や中信が観光の中心だったけど、南信エリアの各観光地がつながることで2泊3泊してもらえる。昼神温泉はその宿泊拠点として機能すると考えている。まずは、飯田市との連携を強めたい。宿泊は昼神、日中のアクティビティは飯田、伝統文化はまた別の観光地といったようにそれぞれの地域が持っている強みやアイデンティティを組み合わせて連携を図っていきたい。阿智 昼神に訪問される130万人以上のお客様に他の地域にも遊びに行っていただき、それぞれの地域にお金が落ちる仕組みを作り上げる。そうすることで、沖縄や北海道のように2泊3泊が前提の旅行として南信エリアが選ばれるようにしていきたい。

課題は多い。例えば、この狭い地域にDMOが3つも4つもある。どの局面でどこがリーダーシップを発揮していくかが重要。船頭が多くては話が進まない。そのためには、まずDMOの整理を進めている。

オーバーツーリズム対策とSDGsへの取り組み

筆者
地域の広域連携が進み、観光客が増えると、例えばオーバーツーリズムのような問題も発生するのではないか?

白澤氏
語弊を恐れずに言えば、オーバーツーリズムで困り、それを語れるぐらいお客様に来てほしい。年間を通してみるとまだまだ昼神温泉のキャパシティに余力がある。しかし、ナイトツアーに関しては、既にオーバーツーリズムは起きていて、5年ほど前には一晩に7,000-8,000人ものお客様がナイトツアーに参加され、交通渋滞が発生し高速のインターからも降りられないといった事態が発生した。そこで、チケットをオンライン予約制にして対策を講じた。1日の来場者数を制限することで、渋滞も緩和されている。まだまだ昼神温泉全体に至ってはいないし、飯田市のホテルからもナイトツアーに来られるという新しい流れも生まれてきている。現状として、各旅館やホテルでオンラインシステムの導入が進んでいる段階にある。

一方で、持続可能な事業の発展性を考えて、化石燃料を使わず、星空がきれいに見える環境を守る取り組みを3-4年前から進めている。いわゆるSDGsに関わる取り組みで、コロナ禍で財政面の都合から一時ストップをしているが、こちらも継続させていく予定をしている。阿智村で進めてきた星空の観光資源化やそれに関連した星空環境を守る取り組みは、今や長野県全体でも光害対策として、各所で取り組みが見られるようになってきている。

インタビューを受けてくださった白澤氏

中部エリアの観光産業における課題

筆者
星空環境の保全活動など、長野県や中部エリアでも先例的な取り組みを続けているが、中部エリアの観光産業における現在の課題感をどうみているか?

白澤氏
中部エリアは観光後進地域とみている。長野県でもスキー以外に長期滞在型のコンテンツがない。この長期滞在ができるようにすることが大きな課題。コロナを経験し、日本も様々な変化が起きている。働き方でもワーケーションが行われるようになってきた。これを機に、長期滞在型観光ができるよう地域連携の必要性はますます高まる。ワーケーションや長期滞在型の観光、その先には移住地として選ばれるといったことが起こってくるだろう。

良いコンテンツを開発できれば、お客様が発信してくれる時代

筆者
今後の取り組みとして、コロナが落ち着けば海外からの観光客もまた増えるが、そちらへの対策や需要への応え方で意識していることは?

白澤氏
実は、訪日外国人観光客はそれほど積極的に誘致していない。日本各地で一時期、旅行エージェントを使って、海外からのお客様を迎える対策が行われていたが、そのときも阿智では行わなかった。まず日本人に対してどれだけ来てもらえるかというチャレンジをこの10年間行ってきた。お客様が良いと思えばSNSで発信し、それが海外にも届く。予算をかけて海外にPRをしていないが、年々200%増の割合で海外からのお客様も増えてきた。それは、宿泊客が行う情報発信によるものが大きいとみている。また、インバウンド需要は市場によっても千差万別で応えづらさがある。そういうこともあり、需要に応えるというよりも良いコンテンツを作ることに注力している。

終わりに

地域にある資源を活かした星空ナイトツアーやそれに付随する新たなビジネスの創生など、非常に明快で実現性の高い取り組みを着実に行ってこられた白澤氏と阿智昼神。今後の長期滞在型観光へ南信州を挙げた取り組みにも期待が高まるだけではなく、観光立国を目指す日本が持つ広域連携という必須課題に対する先進的な取り組みとなってく可能性を存分に秘めているのではないだろうか。

2021年9月22日
インタビュー・文責:高良大輔

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