| セントリップ・ジャパン編集部
【観光インタビュー】海島遊民くらぶ 江崎貴久氏 SDGsと鳥羽の観光ガイド
美しい海が広がる鳥羽で「4者に優しい」というSDGsに通じる先駆的な理念を掲げ、ガイドとして多くのインバウンド旅客に対応してきた「海島遊⺠くらぶ」の代表で旅館「海月」の女将でもある江崎貴久(きく)氏。セントリップ編集部では、ポストコロナに向けたインバウンドのあり方についてのヒントを探るべく、インタビューを実施した。
以下、江崎氏へのインタビューをもとに、編集部で再構成している。
海島遊⺠くらぶについて
海島遊民くらぶは2001年からスタートし、当初から外国人観光客も積極的に受け入れてきた。2019年時点での外国人のお客さんの比率は1割程度という。
外国人の国籍は様々で、訪日旅行を楽しむという意味で豊かな層は多いが、必ずしも富裕層がターゲットというわけではない。海外の旅行会社のなかでは、宿泊とコンテンツをセットで販売するところが増えており、旅行会社を通じて予約し、鳥羽に前泊して海島遊民くらぶのコンテンツを体験する、というパターンが多い。
鳥羽には人が暮らしている4つの島がある。その島には信号機はなく、車が生活の主役では無い。日本のなかでも独特の文化を形成している。その島を訪れ、一緒に市場を見てまわり、漁師小屋を訪れ、漁師たちと話す、そんなツアーが外国人にも人気となっている。観光用に作られたのではない、ふだん入ることのできない施設にも入ることができるのがツアーの魅力となっている。
海島遊民くらぶがこのようなツアーを実現できる理由は、地域や自然との関係性に最大限配慮し、来るお客さんにあわせて人為的にコンテンツを作るのではなく、お客さんをコントロールすることで、受け入れる側や自然にできるだけ手を加えない、というスタンスを貫いているからだ。海島遊民くらぶではこのようなガイド付き観光のあり方を模索しつづけている。
海島遊民くらぶの目指すもの
海島遊民くらぶは理念として「4者に優しい」を掲げている。4者とは、「お客さん」、「自然」、「地元住⺠」、「自分たち観光事業者」を指す。地域で必要とされる4者のどこにもマイナスを作らない。新しいツアープランを考えるときは、つねにそれが4者にとってプラスになっているか、という観点から検討している。
こうしたSDGsにつながる発想は、鳥羽というエリアとも深いつながりがある。
伊勢志摩国立公園はその96%が⺠有地であり、日本でもっとも⺠有地が多い国立公園だ。つまり、人々がそこで暮らしながら守ってきたエリアと言える。伊勢志摩国立公園のコンセプトに「人々の営みと自然が織りなす」とあるが、鳥羽はまさに色々なものが折り重なったエリアだ。同じ海面の同じ区画でも、季節によって異なった漁がなされている。漁師の間だけでも色々な調整がなされている。そこで観光事業をするのであれば、そこで暮らす人、そこにある自然とつねに調整しながら共存を図っていかなければならない。お客様がいて観光事業者がいる、だけでは成り立たない。「4者に優しい」はそんな背景から自然に出てきた発想だ。
SDGsとツーリズム
ポストコロナからの観光復興に向けて、日本が訴求していくべきは、日本の地方観光の魅力、それぞれの地域でなされている持続可能な取り組みだ。
いまではある種SDGsを語ることが流行になってきているが、突き詰めて考えていくとSDGsはそんなに簡単な話ではない。そもそも、SDGsとは、社会問題の解決手段だ。ひとつの課題にはたくさんのことが関わっている。だからこそ、解決には複合的な視点、柔軟なゴールが必要とされる。それがカテゴリ分された途端、「私は何番を目標にする」みたいな発想になりがちだが、それは本質ではない。
日本の、地域の持続可能な取り組みを伝えていく上で、きちんとした知識をもったガイドが文脈を踏まえて外国人に説明していく必要がある。鳥羽が誇る海女の文化も、文化背景や文脈を欠いた状態で発信されると、「日本はこんなに天然資源を乱獲している」としか映らなくなってしまう。
鳥羽で行われている漁を例にとると、蛸壺漁で使う蛸壺にはフタがついていない。タコは逃げようとすればそこから逃げてしまうが、漁師たちは蛸壺にフタを付けてこなかった。逃げたいタコは逃げる、これにより獲り過ぎを抑制する、という先人から脈々と受け継がれてきた叡智だ。
一方、⻄洋諸国の場合、より効率的に、より合理的に漁獲量を増やせるように技術革新を積み重ね、最大限まで獲れる技術を追求する。その上で、獲り過ぎないように厳格なルールで漁獲量を規制する。根本にある思想や文化背景がまったく異なるのだ。観光を説明するガイド側も、こうした文脈を踏まえてエリアの魅力を外国に向けて説明していく必要がある。
ポストコロナと旅行、そしてガイドの役割
日本人と外国人とでは、コロナウィルスに対する向き合い方が異なる。ポストコロナにおいてインバウンドの受け入れを再開していくにあたって、この向き合い方のズレは、受け入れ側の間で軋轢を生む可能性が高い。
コロナ以前、インバウンドのもたらす地域経済への波及効果だけが注目されていた時代には、外国人観光客を増やすという目標に向かって地域は一枚岩になれた。コロナを経て、インバウンドへの評価は立場によって大きく変わることになる。観光に携わるものは、インバウンドの受け入れに向けて、まずは地域の理解を再構築していかなければならない。海島遊民くらぶの掲げる「4者に優しい」という理念が、あらためて大きな意味をもってくることになる。
そもそも旅行は何のためにするのか。自分たちと異なる文化と出会い、理解を促進できることが、旅行の本当の価値だと思う。知らない文化、価値観に触れてそのエリアを好きになる。その先に国同士の友好があり、世界平和にも通じる。たんに旅行して経済を回しましょう、ではなく、旅行にはそういう側面があることをあらためて訴えていきたい。
パッと見てわからないこと、分からないものに、どういう意味があるのか、自分たちのエリアとお客さんの文化背景を理解した上で、相互理解を促進することこそ、ガイドの真の役割だ。
2021年7月7日
インタビュー・文責:⻑崎亮
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